◆熱気に包まれた会場の様子
スタジアムではギリシャの選手が登場すると「ヘラ(Hellas)、ヘラ」の大合唱となる。ヘラとは我々でいうところのニッポンと同じである。つまりギリシャ語のギリシャということになる。この大合唱と手拍子がひとたび始まるとなかなか静まらないのである。短距離種目のスタート前なので静かにして欲しいところなのにお構いなしにギリシャの人々が「ヘラ!、ヘラ!」を続けていると、「スタート前なのでお静かに」と場内アナウンスが流れてようやく沈静化するのである。またウェーブが場内を回り出すと止まらない。それもタイミングの悪い時に限ってどこからかウェーブの波がうねりだし、競技の進行はそっちのけで観客達が楽しんでしまっている光景を幾度となく目にしたが微笑ましく感じれらた。表彰式のセレモニー時には全員が起立して帽子をとり、優勝者の国歌を聞きながら勝者を称える。表彰式が始まると選手も競技を中断し、起立したままの姿勢で勝者を称えるのである。アスリートは、競技中こうした中断や、スタンドがウェーブなどで騒然として集中しにくい雰囲気の中で自分の力を最大限に発揮しなければならない。気の毒にも感じたが、これがまさにオリンピックなのである。跳躍の選手が手拍子を求めれば観客達がタイミングをあわせて手拍子でリズムをとってくれるので、うまく観客を利用し、力をもらうことができた選手は良い結果を残すことができていたように感じた。
観客が少なくかなり閑散とした中で行われた競技もあると耳にしたが、陸上競技に限っては初日の午前からほとんど満員に近いくらい観客が詰めかけているように感じられた。観客が多いのは喜ばしいことだけれど、1点だけ悩ましいことがあった。スタジアムに入るのに持ち物チェックを受けなくてはならず、しかも空港検査並に厳重におこなうものだから待つ人の列ができ、通り抜けるのに時間がかなりかかってしまったことである。テロ対策で厳重に実施しなければならないのは理解できるので仕方がないとは思うのだが、もう少し簡略化できないものかと毎回憂鬱な気分にさせられた。
◆アテネの街並み
アテネの街はいわゆるふつうの現代の町並みである。パルテノン神殿の建つアクロポリスの丘から町を見下ろせば古代アゴラやゼウス神殿といった遺跡があり、違和感無く現代の町並みにとけ込んでいるのがアテネの街の魅力である。街ではヨーロッパらしくオープンテラスのカフェが並び、タベルナ(レストラン)では人々が夜遅くまで毎日祝日のごとくに盛り上がる人たちの様子を見ることができた。シエスタ(午睡)の習慣がいまだに残っており、午後2時から5時くらいまでは街の一部では閑散としていることも少なくなかった。オリンピックがあるからといってそうした習慣を変更するということは考えないようである。
昨年10月に学会でアテネを訪れたが、その際に見学したオリンピックの関連施設の工事の様子からはとても来年の夏には間に合いそうもないなと感じたし、国際オリンピック委員会からも再三、工事の遅れを指摘され続けてきていた。しかし、きちんとオリンピックまでに施設の建設を間に合わせたことと、滞りなく競技運営もなされていたことにとても驚かされた。色んな場面でギリシャの人はマイペースなのだと感じた。人のペースではなく、自分のペースが主なのである。こちらが急いでいてもお構いなしのである。全てが何とか間に合えばいいんだろみたいな雰囲気なのである。長い歴史を有するこの国に、急激な変化を押しつけても似合わないのだろうとも感じられた。ギリシャの人々は日本人のことをとても尊敬しているということを耳にした。ソニーやトヨタなど世界ブランドの大企業を輩出している国だからというのが理由である。街で日本人とわかるととても親しげに声をかけられるし、そうでなくてもこの国の人々は暖かいと感じたのは私だけではないと思う。アテネは、青い空に白い家、そんな中に赤い色の花が映える街という印象であり、思い出深い滞在となった。
◆アテネオリンピックから戻って
このような大舞台で競技ができる選手をとても幸せに感じた。スポーツの祭典であるオリンピックは平和の祭典をも意味するが、今回、世界各地で行われている戦争を一時中断する「五輪停戦」が聞き入れられなかったことをとても残念に思っていたからである。世界には戦争や複雑な社会情勢に巻き込まれて、オリンピックどころではない人達も大勢いることを忘れてはならない。世界中から集まった7万5千人の大観衆の前で競技ができる選手達は、本当に気持ちよさそうに清々しく、アスリートとして立派に自分の力を出し切っているように見えた。期間中、選手達の鳥肌が立つような素晴らしいパフォーマンスに何度も何度も魅せられ、感動と興奮のくり返しの中に身を置くことができた。その場にいられることに感謝の気持ちでいっぱいのアテネ滞在となった。
アテネ五輪が終了して2ヶ月が過ぎようとしているが、すでに4年後の北京に向けて勝負は始まっている。今後も日本の陸上競技の国際競技力向上に貢献できるよう努力を重ねていきたいと心を新たにするとともに、この貴重な経験をスポーツの持つ素晴らしさ、奥深さとともに授業や学生指導を通して学生達に伝えていきたいと考えている。
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